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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)1582号 判決

原告(兼反訴被告。以下「原告」という)

大都通商株式会社

右代表者代表取締役

中野義信

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

被告(兼反訴原告。以下「被告」という)

坂本ハクト

右訴訟代理人弁護士

永田徹

井上善雄

小田耕平

主文

一  被告は原告に対し金三三六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年四月二六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告の原告に対する反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告において金一〇〇万円の担保を供したときは主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

(本訴請求事件について)

第一  原告は、「(1)、被告は原告に対し、金三三六万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年四月二六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。(2)、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  原告は、豊橋乾繭取引所その他の商品取引所に所属する商品取引員である。

二  被告は、昭和五七年五月一九日、原告に対し、豊橋乾繭取引所の定める受託契約準則に従い同取引所に上場される「乾繭」の先物取引を原告に委託して行うこと(以下、本件委託取引という。)を承諾し、原告の神戸支店に委託注文して同月二一日から同年一二月二七日までの間、別紙売買一覧表記載のとおり、「乾繭」合計一四〇枚(以下、単に枚数のみを表示する)の売買取引を行い、且つ各売買により発生した差損益及び委託手数料については、同表中損益の清算状況欄のとおり、原告との間で順次清算を遂げてきた。

三  その結果、右取引終了時において被告が原告に支払うべき帳尻差損金債務の額は、七七六万四〇〇〇円となつた。

四  他方、被告は原告に対し、右取引終了時に本件委託取引の委託証拠金として合計四四〇万円を預託していたので、原告は、昭和五八年四月八日これを前項の債務の内金弁済に充当し、その後、同月一八日到達の書留内容証明郵便をもつて、同月二五日までに右内金充当後の未払残債務金三三六万四〇〇〇円を支払うよう催告したが、被告は今日に至るも右債務を履行しない。

五  よつて、原告は被告に対し、本件委託取引による帳尻差損残金三三六万四〇〇〇円とこれに対するその支払期日後の昭和五八年四月二六日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めて本訴に及んだ。

第二  被告は、「(1)、原告の請求は棄却する。(2)、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求の原因事実に対する認否及び主張として次のとおり述べた。

一  認否

1 請求の原因一項は認める。

2 同二項は、被告が、原告会社従業員の強引な勧誘により取引の内容、その危険性について詳しく知らされないままの状態ではあつたが、原告主張の先物取引の相場に引きずり込まれたことは認める。しかし、別紙売買一覧表の取引の経過のうち、被告が知つていたとしても、おぼろげながらその取引の存在くらいしか知らなかつたのであるが、その程度にでも知つていたものとしては同1、3、6、7のみであり、他は全く知らなかつた。これは原告会社従業員の全くの無断売買である。その日時など前記以外の記載事項は全て争う。

3 同三項は争う。

4 同四項は、被告が委託証拠金及び追証証拠金名下に原告会社に四四〇万円を預託していたこと、同項記載の内容証明郵便が原告主張のとおり被告に到達したことは認める、その余は争う。

5 同五項は争う。

二  主張

原告主張の本件委託取引は、後記の反訴請求原因記載のとおり違法なものとして不法行為及び債務不履行に該当するので、これが無効なものであり、したがつて、被告は本件委託取引上の責任を問われる筋合いのものではなく、かえつて、原告に対し後記損害賠償責任を追及するものである。

その詳細は後記の反訴請求原因事実と同一であるからここにこれを引用する。

第三  被告の主張に対する原告の反論

被告の主張に対する原告の反論は、後記の反訴請求原因事実に対する原告の主張と同一であるからここにこれを引用する。

(反訴請求事件について)

第一  被告は、「(1)、原告は被告に対し、金九六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一二月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(2)、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一  本件委託取引の経過について

1 昭和五七年五月一九日、被告は、原告の神戸支店外務員訴外平野和宏(以下「平野」という。)の訪問を受け、商品先物取引の委託を勧誘された。

被告は一九二七年姫路市で生まれ、一九四七年に横山央児に師事し、一九四八年、一九五一年と二科展出品、一九四九年二科クラブ参加、一九五〇年日本アンデパンダン展出品、一九五七年一陽展出品の後、一九七二年まで一四回にわたり一陽会展に出品し、その間記念賞、特別賞を受賞し、一九七二年から現在に至るまでの間にはフリーとして三回のヨーロッパ研修旅行、一一回の個展を開催している洋画家であり、商品取引には全く知識も経験もなかつた。

右平野は被告に対し、「銀行の定期預金は二年物でも年六分にすぎず、物価で値滅りする。乾繭は現在の買値は五八〇〇円位だが夏には六〇〇〇円になり、今月仮りに五八〇〇円で一〇〇枚買うと元手七〇〇万円で、これが六〇〇〇円になつたら儲けは六〇〇万円になる。農水省の認可を受けているし信用して下さい。損は絶対にさせない。」などと執拗に勧誘したが、被告は「そんなうまい話があるはずない」と断つた。

しかし平野は、被告の意思におかまいなく業界紙のコピーなどを見せながら「値段が上がるんだから必ず儲かる」と更に執拗にまくしたてたため、被告はそんなこともあるかもしれないと思い、これを断りきれなくなり、平野が差し出した書類の内容を充分に見ないで何の書類かもわからないまま署名捺印させられた。

2 翌二〇日、被告は冷静に考え、やはり商品取引をする意思がない旨を平野に伝えた。すると、平野は再び被告宅を訪れ、「契約書にサインしてもらつているので取引をやめる訳にはいかない。一枚だけでも買つてくれ、契約書があつてお金が入らんと私の会社での立場がない」と激しく被告を責め、「取引をやめることができない」と被告に迫つたが、被告は「もう来るな」とはつきり断つた。

3 しかし、原告はこれで引下がらず、翌二一日、神戸支店長訴外木崎修(以下「木崎」という。)と平野が再び被告宅に押しかけ、木崎は「平野の言つたのは決して嘘ではない、絶対儲かります、私は商品取引をやり出して一〇年以上になる。大都通商(原告)は農水省、通産省の認可を得ているレッキとした会社である。信用してくれ。花形商品としてもてはやされている乾繭であり、大都通商は乾繭を主に取引しているので、私たちに任せておけば間違いのないように必ずうまく行きます。先生、ヨーロッパ行きがタダですよ、すぐに行けるようになる。お嬢さんのカナダ行きの金もできますよ。やりましよう」などと大きなグラフを示しながら執拗にまくしたてた。そのため、一旦は取引をやめるつもりであつた被告も、木崎らに任せておけば必ず儲かると思うようになつて、木崎、平野らに言われるままに銀行に連れて行かれ、七〇万円を引出した後、被告宅でこれを木崎に支払つた。

4 しかし、被告はこの時にも、商品取引の具体的内容(限月、枚数、証拠金の意味など)や方法について説明されず、商品取引の何たるかについて理解できないままであつたが、木崎らが「絶対儲かる、私たちに任せておけば間違いなくうまくいく」と言い切る言葉を信用して、右七〇万円を預けたのである。

5 しかし、それから一四日を経過した同年六月三日になるや、被告宅にやつてきた木崎は、「一三〇円下がつたから追証金を入れないかん、そうしないと今までかけた分がみんなパーになる。言つたとおりにしたら儲かるんやから」と言つて、「追証金一〇〇万円が必要だ。今やめると五〇万円位の損切りだ」などと被告に対し一〇〇万円を支払うように迫つた。

被告は驚いて「追証金て何や」と問うたが、木崎は「素人はそんなこと知らんでええ」と言うのみで説明しなかつた。被告は「絶対儲かる、信用しろ、と言つておきながら一〇日程で大損させるとはインチキだ。大損させる気か」と木崎を詰問したところ、木崎は「両建てして損はくい止める、そしてこれから稼ぐ。続けたら必ず儲かつて損にはならず追証金は戻る」とくり返し言つて、被告に安心するようにと述べた。急に損が出たと言われ気が動転していた被告は、「必ず儲かる」という木崎の言葉を信用して、木崎に要求されるままに追証金一〇〇万円を支払つた。

6 更に同年六月二八日になると、今度は木崎は被告宅を訪れ「六月に儲かつた利益金を足せばもう一〇枚買える。今下値であるが必ず値は上がる。必ず儲かるから」と言い、被告は木崎に言われるままに一八万円を支払つた。

7 ところが、同年八月四日には、木崎と交替したという原告の外務員訴外片山恭(以下「片山」という。)が被告宅にやつてくると、再び木崎と同じように「追証金を入れないかん、そうしないと今までの分がパーになる。言つたとおりにしたら必ず儲かる」などと言い、「両建をして損を防ぐのだから追証金一八八万二〇〇〇円を納めてくれ。払込まなければこのまま損切をする」と脅迫的に言つたため、被告は再び片山に言われるままに更に一八八万二〇〇〇円を支払つてしまつた。

8 更に同年九月に入り、片山は被告宅を訪れ「追証金一六〇万円を納めてくれ、払わなければ損切をする」と脅迫的に言つたため、被告は片山に太陽神戸銀行板橋支店、東洋信託銀行三宮支店に連れて行かれ、合計一六〇万円の融資を受けて、これを片山に言われるままに支払つた。

この時、被告は、「追証がはずれたら返してくれ」と言つてこれを片山に約束させた。ところがその後、追証拠金がはずれたにもかかわらず今度は被告に無断で砂糖の取引の証拠金にしてしまつた。

9 その後の同年一二月二三日にも、被告は木崎、片山らに「損が出た、追証金を払わなければ損切をする」などと脅かされるままに追証拠金名目で更に一〇〇万円を支払つた。

10 このように、被告は商品取引の内容(両建、値下りにより儲けが出ることなど)を充分には理解し得ないまま取引を続ける結果となつたが、原告は取引開始後約半年の間に後述のとおり思うがままに頻繁な売買をくり返したり、また、利益が出れば無断で大阪砂糖取引所の証拠金に取込んだりして被告に巨額の損失を蒙らせてきたが、被告が木崎、片山らの無断売買を豊橋乾繭取引所に訴えたことから委託証拠金等の一部を払戻したが、その後も無断売買を続けた結果、巨額の損害を蒙らせて決済してしまつた。

二  原告の不法行為について

被告は本件取引により後記のとおり損害を蒙つたのであるが、これは原告会社及びその従業員平野、木崎、片山らの次のような違法行為に基づくものである。

1 受託場所制限違反、利益保証・断定的判断提供による勧誘禁止違反(商品取引所法九一条一項、九四条一号・二号、受託契約準則一七条一項・二項、違反)

(一) 商品先物取引は、転売・買戻しによる差金決済を目的とした投機取引(一種の賭けである)であり、わずかの証拠金で大きな思惑取引が可能となる相場取引である。しかも売買注文の仕組み、市場システム、用語、値動き等どれ一つをとってみても高度に専門化しており、素人には容易に理解し難いものである。

このように、商品先物取引の高度の技術性・損失負担の危険性に鑑み、委託者保護の立場からかなり厳しい法規制が行われているが、それでも本件の如き一般大衆を食い物にする詐欺的取引が少なからず発生しているのであつて、取引の公正、委託者保護の確保が一層求められているのである。

(二) したがつて、原告は平野、木崎らを商品取引の勧誘に従事させるにあたつては、委託者たる被告に対し少なくとも先物取引の高度の投機性、注文から取引終了に至るまでの取引システム、売付け又は買付けを注文する場合に指示する事項、手数料の料率、相場の値動きを判断するための基礎的事項、将来追証拠金や損金を支払わねばならない場合のあることなど、商品取引においては利益だけでなく欠損となる場合もあり、損計算になるときは委託者が預けた委託証拠金は損害に充当され委託者の損失となること、加えて委託手数料の支払いが必要であつて、取引を反覆すれば多額の手数料が生じ、高度の賭けに成功しないことには結果的には損をすることを説明し、委託者に危険な賭けであることを納得させたうえで委託を受けなければならないのであつて、その前提としては委託者が商品取付全体を理解し得るに必要不可欠な基本的事項を明確に告知、教育すべき義務があつたにもかかわらず、これを故意に怠つたばかりかかえつて被告が商品取引には全く素人であることを奇貨として、前述のとおり「必ず儲かる、私に任せておけば間違いなくうまくいく」などと、利益を生ずることが確実であるとの誤解を与えるべき断定的判断を提供して勧誘した。

被告は、平野から、後には木崎らから儲かることのみをくり返し強調されたため、原告の担当者に任せておけば利益を得られるものと誤信し、同年五月一九日平野の訪問を受けてわずか数時間後には「承諾書」に署名捺印させられ、その後に巨大な損害を蒙る端緒となつたのである。

(三) このような勧誘は商品取引所法九四条一号(断定的判断の提供)及び二号(利益保証)が禁止している不当な勧誘行為であり、受託契約準則(以下「準則」という。)一七条(1)、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(以下「指示」という。)4(投機性等の説明の欠如)にそれぞれ違反する違法な勧誘行為である。又、本件取引の受託は被告宅でなされており、これは商品取引所法九一条一項(営業所以外の場所での受託禁止)に違反している。

このように違法な本件勧誘行為は、社会通念上商品取引における外務員の外交活動上一般に許容されるべき範囲を超えており、不法行為を構成するものである。

2 一任売買、無断売買、過当な売買取引の要求及び手仕舞拒否(商品取引所法九四条三項、同法施行規則七条の三、準則一八条一項、二項、九条、指示8、違反)

(一) 前述のとおり、勧誘の際に平野や木崎らは、「私たちに任せておけば間違いのないようにうまく行きます。」と自信ありげに述べ、その後追証拠金の支払いを求めた際にも「両建をして損をくい止める。続けたら儲かつて損が元に戻る。私に任せなさい。」などと言つている。被告が商品取引の知識・経験に乏しく相場の動向について疎かつたことから、個々の売買につき被告が積極的に指示することもないまま、平野、木崎、片山らの判断に一任する状況のもとで本件取引が行われた。

(二) 木崎や片山は被告に無断で再三売買を行い、同年一〇月七日には被告が追証拠金の返還を求めたにもかかわらず、片山は追証拠金の返還金一二〇万円を無断で大阪砂糖取引所の証拠金に廻してしまつた。また、同年一一月二五日には被告が四〇枚の手仕舞い(一日限二〇枚、二月限二〇枚)を求めたところ、不承不承右手仕舞いには応じたものの即刻無断で新たに五月限四〇枚建玉した。その結果、前述の手仕舞いによる利益を消滅させる結果となるのである。

(三) このように、木崎、片山らは取引の継続を望むあまり、被告からの手仕舞い指示に直ちに応じることなく、次の取引を強制したり利益金で増建玉するように執拗に求めたり、手数料稼ぎの目的で無意味な反覆取引を行つたりしたが、これらは指示7、8で禁止されているものである。

3 新規委託者保護義務違反

(一) 商品先物取引の高度の投機性に鑑み、昭和五三年三月二九日全国商品取引員大会は「受託業務の改善に関する協定を採決した。右協定に基づき定められた新規委託者保護管理規制によれば、新規委託者が初めて行う売買取引の日から三ケ月の保護期間中の全商品の建玉合計枚数は二〇枚を超えないことと定められている。また新規委託者に対して、取引適格者であつても高齢者、経済的な知識または理解力に乏しい者については充分に配慮を行うことが必要であるとしている。これらは単に取引員内部の自主規定ではなく、新規委託者の利益を保護するものであつて、右規定に反する取引は新規委託者との関係においては不法行為を構成する根拠となるものである。

(二) しかるに、平野、木崎、片山らは本件取引について、同年五月二一日一〇枚の建玉とさせた後三か月後の同年八月二七日までの間に、合計一六〇枚にも及ぶ取引を行わせている。このことは明らかに右協定に違反しており、被告のように経済的な知識・理解力を欠く者に対して必要とされる何らの配慮もなされていないのである。

4 両建禁止違反(指示10違反)

(一) 同一商品、同一限日について、売りまたは買いの新規建玉をした後(または同時に)対応する売買玉を手仕舞いせずに両建玉をするように勧めることは、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることを意図して行われ、その結果委託者は投機利益を得られないのみか、無意味な反覆取引を強いられる結果過当な手数料を負担させられることとなるため、両建玉は禁止されている。

(二) しかるに、本件委託取引は、その大半が同一限日について両建玉を行つているばかりでなく、追証拠金の請求に際して公然と「両建で損をくいとめる」と被告の損勘定に対する判断を誤らせることを意図して説明されている。本件委託取引の手数料合計額がわずか六か月間で一一七万六〇〇〇円にもなつていることからも、本件委託取引は指示10の禁止する両建玉に該当し、それ自体として不法行為を構成するものである。

5 予備的主張として、被告は昭和五七年一一月二五日の無断建玉と清算拒絶を主張する。

(一) 原告の神戸支店長片山は、昭和五七年一一月二五日、被告から建玉(昭和五八年一月限月・二〇枚の売り、同年二月限月・計二〇枚の売り)の手仕舞い及びその清算を指示されたにもかかわらず、一旦は、手仕舞いしたものの、被告の具体的指示に基づかず無断で昭和五八年五月限月の買い(一場二節で当初四〇枚のところ四枚、二場一節で当初三〇枚のところ一一枚、二場二節で二五枚、の合計四〇枚)を建玉した。

(二) その結果、被告は右手仕舞いの指示に基づく清算により、昭和五八年一月限月分(昭和五七年七月二三日の売り建玉二〇枚)で、金一一七万円(手数料控除後)の利益を得ていたとともに、昭和五八年二月限月分(昭和五七年八月二四日の売り建玉一〇枚、同年八月二七日の売り建玉一〇枚)で、各一一二万五〇〇〇円及び九一万二〇〇〇円の利益を得ており、それまでのトータルで三〇九万九〇〇〇円の通算利益(その他に委託保証金として三七六万二〇〇〇円)を得たにもかかわらず、右無断売買の結果、七七六万四〇〇〇円の損失(手数料を含む)を蒙る結果となり、前記利益金等を喪失するという損害を蒙つた。

三  責任について

1 以上の諸点を総合すると、原告は本件委託取引により被告に対し多大の損害を蒙らせ、且つ自らは委託手数料をえる目的のもとに、原告自身が会社ぐるみで行つた不法行為であることは明らかであるから、原告は民法七〇九条により被告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

仮に、原告自身について右不法行為が成立しないとしても、原告はその使用人たる平野、木崎、片山らがその業務遂行につき被告に多大の損害を与えたのであるから、民法七一五条一項によりその損害の賠償責任がある。

2 仮に、本件委託取引が総合的にみて不法行為に該当しないとしても、前記のとおり、原告の神戸支店長片山が昭和五七年一一月二五日付で行つた「売り」四〇枚の無断建玉と清算拒絶は、それ自体が不法行為を構成するとともに、本件商品取引契約に基づき原告が行うべき適正な受託業務履行義務の債務不履行に該当するものである。

四  損害について

1 被告は原告から、前記違法行為により委託証拠金名目のもとに合計六九六万二〇〇〇円を出捐させられ、後日証拠金の返還として二五六万二〇〇〇円、帳尻金の払戻金として三四三万五〇〇〇円をそれぞれ返還されていることから、その差額分に相当する九六万五〇〇〇円が損害として残されているので、被告は原告に対し右損害金九六万五〇〇〇円の支払を求める。

2 仮に、本件委託取引が総合的にみて不法行為を構成しないとしても、原告が昭和五七年一一月二五日付けで行つた「売り」四〇枚の無断建玉と清算拒絶により、同年一一月二五日当時、被告は委託証拠金として三四〇万円の返還を受けられなくなり右三四〇万円の損害を蒙つたので、同損害金のうち、九六万五〇〇〇円の支払を求める。

五  よつて、被告は原告に対し前記請求の趣旨記載の判決を求める。

第二  原告は、「(1)、被告の請求を棄却する。(2)、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告主張の請求の原因事実に対する認否及び主張として次のとおり述べた。

一  認否

1 請求原因一項1の事実中、昭和五七年五月一九日、原告の神戸支店外務員平野が被告宅を訪問して商品先物取引の勧誘をしたこと、同日、被告が承諾書、通知書等の書類に署名、捺印したことは認め、被告の職業が画家であることを除く経歴等に関する部分は不知、その余は否認する。

2 同項2ないし4の各事実中、同年五月二〇日に平野が、翌二一日に神戸支店長木崎と平野が被告宅を訪問したこと、被告が木崎らに委託本証拠金として七〇万円を預けたことは認め、その余は否認する。

3 同項5の事実中、同年六月三日に追証金(正確には委託追証拠金)預託の必要が生じたこと、同月七日被告が木崎に追証拠金一〇〇万円を預託したことは認め、その余は否認する。

4 同項6の事実中、同年六月二八日、被告宅を訪問した木崎が委託本証拠金として一八万円の預託を受けたことは認め、その余は否認する。

5 同項7の事実中、木崎の後任支店長である片山が被告宅を訪れたこと、同年八月六日被告は片山に追証拠金一八八万二〇〇〇円を預けたことは認め、その余は否認する。

6 同項8及び9の事実中、被告が原告主張の各金員を委託追証拠金として原告に預託したことは認め、その余は否認する。

7 同項10の事実及び主張は、いずれも争う。

8 同二項の各事実及び主張は、いずれも争う。

9 同三項の主張は争う。

10 同四項の事実中、本件委託取引に関して被告が原告に預託した委託証拠金の額、原告から被告に返還され、支払われた証拠金、及び帳尻金の額が被告主張のとおりであることは認めるが、その差額金九六万五〇〇〇円が原告の不法行為による被告の損害であるとの点は否認する。また、被告が原告主張の無断建玉(昭和五七年一一月二五日の)により原告主張の損害を蒙つたとの点は否認する。

二  主張

1 本件委託取引の勧誘状況について

(一) 昭和五七年五月中旬、原告の社員平野、同木崎(いずれも商品外務員資格を有する)は被告宅を訪問し、被告に対して商品先物取引の勧誘を行つた。

(二) 右勧誘に際し、木崎らは被告に対して商品先物取引の仕組み、相場の内容、予測、売買注文の方法、取引に必要な委託証拠金の種類、性格、金額、取引に関する禁止事項、預託の時期、売買による差損益の計算方法、委託手数料の額や豊橋乾繭取引所に上場されている乾繭相場の状況などについて、持参したパンフレットなどの資料に基づいて詳しく説明した。

(三) その後同年五月一九日、被告は原告の社員から受託契約準則、商品取引委託のしおり、商品取引ガイドなどの説明交付を受け、それらを全て了知したうえ、右準則に定められた取引についての承諾書及び通知書を作成して豊橋乾繭の売買取引を行うことを承諾したのである。被告は、原告の社員の勧誘により取引の内容、危険性について知らないまま先物取引相場に引きずり込まれた旨主張しているが、原告の社員は被告に対し、本件委託取引が投機取引であることは勿論、商品取引では元本は保証されておらず、原告の社員は取引上の情報、資料を提供し、アドバイスはするが、商品の売買は被告の意思によつて行い、原告の社員に委せるようなことをしてはならない旨の注意も口頭又は書面により受けているのであつて、被告の右主張は事実に反するものである。

2 本件委託取引の経緯及び内容について

(一) 被告は原告に対し、同年五月二一日、豊橋乾繭一〇枚の売買取引に必要な委託証拠金七〇万円を預託して、同日後場二節で豊橋乾繭先物(一一月限)一〇枚の買注文を出したのをはじめとし、別紙売買一覧表記載のとおり同年一二月二七日までの間継続的に売買取引を行つたものである。

(二) 被告は、右各取引について、同表番号1、3、6、7のみはおぼろげながらも取引の存在を知つているが、その他は原告社員による全くの無断売買である旨主張する。

しかし、右各売買は、すべて被告の電話又は口頭による注文に従つて行われ、各売買注文が成立し、決済が行われた場合は、その都度原告の社員が電話で被告に報告することは勿論、原告から書面をもつて通知、報告が行われているほか、元帳の記載と、それに合致する委託証拠金、帳尻差損益受払いの証憑、残高照合確認書などにより明らかなとおり、被告の右主張は全く事実に反するものである。

(三) 以上により明らかなように、原告は被告が請求原因二1ないし5で主張するような違法なことは一切行つていない。

なお、右1のうち、受託場所の制限違反については、被告に本件取引の勧誘、受託を行つたのは、全て商品外務員の登録を受けた者であるから、商品取引所法九一条一項に定める営業所以外の場所において右行為をすることができ(同法九一条の二)、したがつて、被告の主張は全く理由がない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

第一  本訴請求について

一請求原因一項の事実、同二項中被告が原告会社従業員らの勧誘により原告主張の本件委託取引を始めたこと、同四項中被告が委託証拠金及び追証拠金名下に原告に四四〇万円を預託したこと、原告主張の内容証明郵便がその主張のとおり被告に到達したこと、については当事者間に争いがない。

二本件委託取引の成立とその後の取引状況

そこで、本件委託取引の成立に至るまでの経緯とその後の取引状況について検討するに、〈証拠〉を総合すると、次の諸事実が認定でき、同認定に反する〈証拠〉は前記各証拠と対比検討してにわかに措信できず、他に同認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件委託取引の勧誘とその成立

(一) 当事者について

(1) 被告は、昭和二年六月一五日生れで、昭和五七年五月原告会社の本件委託取引の勧誘を受けた時は、五五才であつた。被告は、中学校(旧制)を中退し、終戦時は予科練で特攻隊に属しており、終戦後に山陽電鉄に入社して電車の修理等に従事していたが、昭和五五年に退職した。この間、被告は、戦前の満州で「興和美術学校」を主宰していた横山史児に師事し、美術の勉強をはじめ、二科展、一陽展などに出展したり、個展を開き、山陽電鉄退職後は画家として生計を立て現在に至つており、昭和五七年五月一九日に原告の神戸支店の平野から本件委託取引の勧誘を受けるまでは、商品取引や証券取引等の知識、経験はなかつた。しかし、当時判断能力において通常人に劣つていたことを窺わせるような事情はみられない。

(2) 原告は、主務官庁(農林水産省)の認可と監督、さらに社団法人全国商品取引所連合会の監督のもとに、商品取引所法・同全国商品取引所連合会の諸規程・受託契約準則などに基づいて、商品先物取引の受託と取次を行うことを業とする会社である。

(3) 原告会社従業員平野、木崎、片山らは、いずれも商品取引所公認の登録外務員である。

(二) 平野の本件委託取引の勧誘と被告の承諾について

(1) 平野は、原告備付けの電話帳から画家である被告を知り、昼間から勧誘の話ができると考え、昭和五七年五月一九日午後に被告宅に電話を掛けたうえ、同日午後三時ころ被告宅を訪れた。

(2) 平野は、被告宅で三〇分位被告から絵の話を聞いた後商品先物取引の話を持ち出し、乾繭取引の全般についてわかりやすく説明した「アプローチブック」、社団法人全国商品取引所連合会発行の「商品取引委託のしおり」を呈示交付して、商品取引の仕組み、証拠金の性格と金額、取引の決済方法、禁止事項、手数料のことなどについて一応の説明をし、「物価が値上がりしている。二年ものの定期(預金)も利子は六パーセント位しかない。財産の目減りが酷い。」などと述べたうえ、当時の値上がり商品について日本経済新聞の商品取引の相場記事を見せて説明した後に、「生糸と乾繭は関連性があり、繭の2.5キロから生糸一キロができる。繭の値段が少し安めであり、国が生糸価格の上限と下限を決めていて値が極端に下がれば国が輸入を抑える。今のところ、乾繭の値段は上限と下限との間で下限から三分の一位上のところにあるので今後は必ず値上がりする。」などと今後の乾繭の相場の値上りの見通しを話し、その根拠として過去の値動きを記載したグラフを示して、「時期的にみても、春から夏にかけて在庫がいちばん減る時期で、夏になればまた新繭が出回るので夏までは値上がりする。儲けてください。」などと説明し、さらにその裏付けに原告会社発行の業界誌「経済ルック」という小冊子、日本経済新聞の商品取引の相場の動きの記事などを見せた。

(3) 次に、平野は被告に対し一〇〇枚(三〇、〇〇〇キロ)の取引をすれば三〇〇万円位が儲かる旨、すなわち、「五八〇〇円で一〇〇枚買うとすると、一枚七万円の証拠金がいるので一〇〇枚ですと七〇〇万円、五八〇〇円で買つて一〇〇円値上がりすると一枚三〇〇キロですから、一〇〇×一〇〇×三〇〇で三〇〇万円の儲けになる。ただし、手数料は別だが。」「夏場で儲けて娘さんのカナダ行きの費用にしてはどうか。」などと儲けを具体的に試算して被告に本件委託取引を強く勧誘した。

(4) しかし、その際、平野は被告に対し前述のとおり乾繭の値上がりの見通しとその利益面のみ一方的に強調したが、その反面、その値下がりによる損失の発生の危険性や本件委託取引が高度の投機性を有することについては殆んど説明しなかつたし、右勧誘の終り頃には、被告と平野は共に飲酒するに至つた。

(5) 被告は、平野から右のような内容の勧誘を受け続けて約三時間が経過した後、平野に求められて本件委託取引の承諾書に署名押印し、また、原告作成の「お取引について」と題する書面の記載事項を承知のうえ取引することを承諾するものとして同書面に署名押印した。

さらに、平野は本件委託取引の準則として受託契約準則、社団法人全国商品取引所連合会発行の「商品取引ガイド」などを被告に交付し、被告も同日委託証拠金七〇万円を預託して一〇枚の買いの建玉をすることを承諾した。

(三) 被告の本件委託取引開始の承諾の撤回の申し出と木崎らの再度の勧誘について

(1) 被告は昭和五七年五月一九日平野の勧誘により本件委託取引の承諾をしたが、同日知人に相談し熟考した結果本件委託取引を断ることとし、翌五月二〇日、平野に対しその旨述べた。

(2) すると、平野は被告宅に赴いて、「書類に判までもらつたので会社に顔がたたない。一枚でもいいからやつてくれ。」と執拗に取引を行うよう懇請したが、被告は本件委託取引を行う意思のないことを強く表明した。

(3) そこで、その翌日の五月二一日午前一〇時ころ、原告の神戸支店長である木崎は、平野と共に被告宅に赴き、被告に対しあらためて本件委託取引の勧誘を行つた。その際、木崎が被告に対し本件委託取引を断る理由を尋ねたところ、被告は平野の説明によつても本件委託取引がよく理解できないので取引を辞めたい旨述べたので、木崎は、原告は農林省の認可と監督を受けていると述べたうえ、前記「商品取引委託のしおり」を示して、乾繭取引の仕組み、相場の内容、証拠金の性格など取引の全般にわたつて一応の説明をしたうえ、豊橋乾繭取引所・豊橋乾繭取引所取引員発行の「乾繭相場と題するパンフレット」日本経済新聞の相場記事、業界誌「アキラ経済五月号(昭和五七年五月一日発行)」などを示して、生糸と乾繭の関連性、その各値動きの連動性、繭糸価格安定制度などについて説明し、更に、乾繭の需給関係と相場変動については、過去(昭和五一年一月から)の値動きを詳細かつ具体的に図示した長さ4.5メートルもある罫線を示して、価格が急激に上昇した昭和五三年の相場と比較すると、昭和五七年五月二一日現在はその当時の値動きに非常によく似ているので需要最盛期には値上がりする旨説明した。

他方、木崎は、乾繭の値下がり時には追証が必要となること、その際の四つの対処方法(清算、追証による継続、両建玉、難平)についても一応の説明をし、被告に対し本件委託取引の理解を深めて本件委託取引を強く勧誘した。

(4) その結果、被告は乾繭取引に興味を抱き、その価格は上昇し利益がえられるものと信じて、原告と本件委託取引を行うことをあらためて承諾し、同日一〇枚の買いの建玉を行いその証拠金として七〇万円を原告に差し入れた。

(5) 原告の神戸支店長木崎は、その後、本件委託取引が成立したことを本社に報告し、本社からは被告に対し本件委託取引についての承諾、知識、資金などについてあらためて確認したうえ、原告会社発行の「商品先物取引入門書」、同「追証についてのパンフレット」などを送付して来たが、これらの中には、先物取引についての説明、その取引の心得とか留意事項が記載され、また追証時の対策についても一応の説明がされている。また、その後も、被告の本件委託取引に関するアンケートの結果に基づき、原告は被告の知識、理解の不十分なところについて被告に熟知させるように指示し、同指示に基づき神戸支店では被告から本件委託取引についてアンケートを取り直した。

2  本件委託取引の経過と内容

(一) 右のような経緯で、昭和五七年五月二一日には原告と被告間には本件委託取引が開始されたが、本件委託取引は、その後、買いを建玉した乾繭の価格が予測に反して下落し、同年六月三日には追証一〇〇万円が必要となつた。そこで、木崎は被告に対し追証拠金の支払いを求めたところ、被告は乾繭が値上がりし利益が得られるものと信じていただけに、木崎を非難しその支払いを難渋した。

これに対し、木崎は追証拠金についてあらためて説明したり、両建により損失発生を防止することを説明して被告を説得したので、被告は同月四日両建として売り一〇枚を建玉し、また、同月七日原告に追証拠金一〇〇万円を差し入れた。

(二) その後の同月一五日ころ、木崎から「一八万三〇〇〇円の利益が出た。両建の片方を切つた。」との連絡があつたので、被告は同月一八日右一八万三〇〇〇円の利益金の支払いを請求しこれを受領した。

(三) その後の同年六月二八日、木崎は乾繭の値上がりの予測をたてて被告に買い建玉の勧誘をしたところ、被告は前記利益金の内一八万円を証拠金に差し入れ、一一月限月の買い一〇枚を建玉した。

(四) その後の同年七月二三日、被告は木崎の後任の原告の神戸支店長片山の勧誘で、前記一一月限月の二〇枚を手仕舞いしたうえ、一月限月の売り三〇枚の建玉をした。

他方、被告は同年七月二八日本件委託取引による差益金一五万三〇〇〇円を受領した。

しかし、被告は片山の勧めで同年七月三一日右三〇枚のうち一〇枚の手仕舞いをした。

その後、乾繭相場の値上がりにより売りの建玉についても追証拠金が必要となつたので、片山の請求・説得により被告は同年八月六日追証拠金一八八万二〇〇〇円を預託した。

(五) 他方、被告は片山の勧誘により同月五日買いの二〇枚を建玉したが、その後本件委託取引の清算を求め、同月一二日前記二〇枚を手仕舞いした。

また、被告は片山の勧誘で同月二四日、同月二七日にいずれも一〇枚の売りの建玉をした。

(六) 同年九月以降、乾繭の値が一時上昇したことから前記売りの建玉について追証拠金が必要となり、片山の請求により同月六日追証拠金一六〇万円を預託した。しかし、その後間もなく乾繭の値下がりにより追証拠金が外れたので、被告は片山に対し右一六〇万円の返還を求めたが、片山の強い勧めで、被告は同年一〇月七日右返還金のうち一二〇万円を大阪砂糖取引所に証拠金として預託した。

他方、被告は同月二〇日豊橋乾繭取引所に苦情の申立てをした結果、原告は同月二三日右一六〇万円(乾繭証拠金一〇〇万円と砂糖証拠金六〇万円)を被告に返還した。

(七) 同年一一月二五日、原告は被告の注文により前記売りの四〇枚を手仕舞いした。

他方、被告は同日午後に片山の強い勧誘で更に四〇枚の買いの建玉をした(その証拠金として同年一二月二日後記支払金三四六万一〇〇〇円の内二八〇万円を預託した)。

しかし、予測に反し乾繭は値下がりし追証拠金の必要と損金発生の事態が生じたので、被告は豊橋乾繭取引所に対し苦情の申立てをしたところ、原告は同年一二月二日差益金と証拠金の合計三四六万一〇〇〇円から前記証拠金二八〇万円を控除した六六万一〇〇〇円を被告に支払つたが、前記建玉(買い四〇枚)の手仕舞いをしなかつた。ところがその後も乾繭は値下がりを続け、同月一四日には追証拠金六〇万円、同月二三日にはさらに追証拠金一〇〇万円がそれぞれ必要となり、被告はやむをえずこれらの証拠金を支払い、また、被告は原告から同月二日、同月二三日にそれぞれ送付された残高照合確認書に異議なく確認をしたが同月二七日には値幅制限一杯の安値となり三回目の追証拠金が必要となつたので、被告は本件委託取引に不安と危険を覚え、追証拠金の預託を拒み前記買い四〇枚の建玉の手仕舞いを求めたことから、原告は同月二七日本件委託取引を仕切り預託証拠金額と手数料額も含めての損益清算のうえ本件委託契約に基づきその残損金三三六万四〇〇〇円を確定し被告に請求した。

他方、被告も原告の本件委託取引に強い不満と不信感を抱き、同月二八日豊橋乾繭取引所に対し苦情の申し入れをするとともに、翌五八年三月二五日原告会社の前で抗議の座り込みを行つた。

三本件委託取引の違法性の有無。

1  被告は縷々述べて本件委託取引は違法無効である旨主張するので、以下順次検討することとする。

(一) 本件委託取引の勧誘の違法性について

被告は、原告会社従業員平野及び木崎らは被告に対し、本件委託取引の高度の投機性、危険性については故意に説明せずに利益面のみを一方的に誇張・強調して、「損失は絶対にさせない。」とか、「娘のカナダ旅行の費用は絶対に儲かる、」などと断定的判断を提供したり、利益保証の言辞を弄して不当かつ強引な勧誘を行ない、本件委託取引を行なう意図の全くなかつた被告をその旨誤信させて本件委託取引に引き込んだもので、その勧誘は違法であり、本件委託契約の私法上の効力は無効である旨主張する。

ところで、商品先物取引は商品の転売、買戻による差金の決済を目的とした取引であり、その取引の対象は、社会経済情勢及び需給関係などにより価格が常に大きく変動し不安定な状態にあるものであるから、相場の変動によつては利益をうる機会もある反面、多額の損失を蒙るおそれもある極めて危険な投機的取引であり、また、その代金額と比較して極く僅かの証拠金を差し入れるだけで、巨額の思惑取引が可能となる相場取引でもある。

さらに、売買注文と決済の仕組みや市場の組織機構、値動きとその予測などのいずれをみても複雑専門化しており、その知識、経験のない通常人には容易に理解し難い取引でもある。

他方、本件委託取引は、受託会社に取引を委託するとはいえ、あくまでも委託者本人の意思に基づきその責任と計算において行うべきものであり、受託会社従業員らは単にそのアドバイスをするにすぎない。

また、商品先物取引はその取引の都度委託手数料を要するので、手数料を意図した過当な取引の勧誘が行われるおそれのあることも否定できないところである。

商品先物取引の右のような高度の技術性、損失負担の危険性、取引毎に手数料がかさむことなどに鑑みると、取引の公正の確保と委託者の保護の必要なことは多言を要しないところであり、そのためには、商品先物取引の受託業者に厳しい自主規制が要請されることは勿論のことであるが、更に、前記主務官庁及び同全国商品取引所連合会などの取引規制と監督、商品取引所法及び受託契約準則などによる法的規制と委託者の保護救済策が規定されているところである。

そうすると、原告会社従業員らにおいても、本件委託取引の勧誘に際しては、右の趣旨にしたがつて、委託者である被告に対し、少くとも本件委託取引の前記のような高度の投機性、危険性をはじめとして、本件委託取引の開始から終了に至るまでの乾繭取引の仕組み、その具体的な取引方法、とりわけ「売り」・「買い」の注文をする場合の枚数並びに仕切価格など指示すべき事項、相場の値動きを判断するために必要な基礎的事項、証拠金の性格、とりわけ、相場の変動によつては将来追証拠金を支払わねばならないおそれもあること、損計算時の決済方法とその取引清算の仕方、委託手数料率とその支払いはいかなる場合にも必要であることなど本件委託取引の全般にわたつて被勧誘者にわかりやすく具体的に説明して熟知させ、あくまでも被勧誘者本人の正常な判断に基づく自由な意思により、その責任と計算において本件委託取引を行うか否かを決定させなければならない。

したがつて、その際、顧客の正常な判断を誤まらせるような不当又は違法な勧誘を行うことは許されないところであり、とりわけ、商品先物取引について投機性など重要事実の説明を欠いた勧誘(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項10)、利益保証・断定的判断の提供による勧誘(商品取引所法九四条一号、二号、受託契約準則一七条一号・二号)は禁止されているところであり、これに違反した勧誘はその程度方法により違法又は不当なものと解すべきであるが、不当又は違法な勧誘はこれらに限られるべきものではなく、虚構の事実の告知など詐欺的方法による勧誘が違法なことは勿論のこと、社会通念上右に類する方法程度に事実を不当に誇張・歪曲した言辞を弄したり、あるいは利益提供(受託契約準則一七条三項)などの方法による勧誘も右同様に違法又は不当なものと解さざるをえない。勿論、この種取引の勧誘にはある程度の誇大・強調はつきものであり、それらの言動が総て違法又は不当な行為となるものではない。多少誇大・強調にわたる勧誘があつたとしても、その方法程度が社会通念上一般に許容される範囲内のものであれば法的責任を生ずべき問題とはいえないが、その範囲を逸脱し行き過ぎた不当な勧誘方法を行つた場合には、その行為は違法性を帯び不法行為を構成するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記二の1の認定事実によると、平野は被告に対し本件委託取引を勧誘するに際し、前記資料を呈示交付して本件委託取引の全般について一応の説明をしたが、とりわけ、被告に一読を勧めて交付した前記「商品取引ガイド」(表面)には「商品取引は投機性が強く、また複雑な仕組みをもつているので別冊の「委託のしおり」について外務員の説明を受け、ご自身でよく理解されてから取引をお始め下さい」と記載され、また、商品先物取引の説明として証券取引や競馬との比較において取引注文の窓口、取引形態、取引単位と損益、取引期限、リスクなどについても記載され、その裏面においては売買取引金額、委託証拠金及び相場変動に伴う差損益額につき具体的な例示説明の記載もあり、さらに前記「商品取引委託のしおり」には商品取引の仕組みと委託の手順の概要、委託手順の詳細、委託証拠金、売買取引の決済方法、売買取引の禁止事項、商品取引の苦情などの相談、委託者に係る債務の補償制度など商品取引の全般についての説明が記載されていること、被告が承知したものとして署名押印した前記「お取引について」と題する書面には、商品取引においては預託する委託保証金について元本の保証のないことが記載されていることなどからすると、平野の勧誘説明自体においては被告が本件委託取引全体の仕組み、とりわけ、その投機性、損失負担の危険性などを熟知するためにはなお不十分なところがあつたとしても、平野がその際被告に呈示したり、あるいは一読を勧めて交付した右「商品取引ガイド」、右「商品取引委託のしおり」その他の資料には、前述のとおり商品取引の仕組みとその投機性、損失負担の危険性などについて十分な説明が記載されているのであるから、その記載内容をも加味して考慮すると、平野の勧誘においては本件委託取引とその投機性などについて説明不十分なところがあつたものとまではいえない(これらの資料を一読すれば容易に理解しうるところである)。

なお、〈証拠〉によると、被告主張のように、平野は右勧誘の際本件委託取引の投機性、損失負担の危険性など勧誘の上で不利なことは殆んど説明しなかつたうえ、被告はその当時平野と共にかなり飲酒していたこともあつて、平野の呈示交付した前記資料を一読もせず、したがつて、本件委託取引の投機性についても十分な知識、理解もないままに本件委託取引の承諾をしたことが窺えるけれども、前述のとおり、被告はその直後に熟慮のうえ右承諾の撤回を申し出たので、木崎が更に被告の説得勧誘に当り、あらためて本件委託取引の仕組み、相場の内容、証拠金の性格、その取扱いなど乾繭取引の全般、とりわけ、乾繭相場の変動については当時の日本経済新聞の相場記事業界誌「アキラ経済五月号」、「乾繭相場と題するパンフレット」などを示し、かつ過去六年間余りの乾繭相場の値動きを具体的かつ克明に図示したグラフを示して説明し、被告の理解と納得のもとに右承諾を得たのであるから、以上のような平野と木崎がした右勧誘説明とその際呈示交付した前記資料とを総合考慮すれば、被告において本件委託取引の仕組み、その危険な投機性、相場性などについて認識理解しうる程度の説明と資料の呈示交付がなされ、また被告もこれらを理解していたものと推認しうるので、原告会社従業員平野、木崎らの本件委託取引の勧誘においては被告主張のような違法なところはなかつたものといわざるをえない。

次に、原告会社従業員平野、木崎らが勧誘に際し被告主張のような利益保証の言辞を弄したり、あるいは断定的判断の提供をしたかについて検討するに、被告本人尋問の結果によると、被告は「平野、木崎らは絶対に儲かります。損はさせません。責任はとります。などと言つた。」、「金がないと言つたら、木崎は丁度よい、一か月で六〇万円位儲かりますと言つた」などと右主張に副う旨の供述をしていることが窺えるし、また、証人平野和宏の証言中にも、同人は、勧誘に熱心の余り前記勧誘説明の過程で、「損の話は殆んどせずに儲かる話ばかりでした。」、「被告の娘さんのカナダ行きの費用位は儲かる。」などと述べ、その間に、「必ず値上がりする。」、「損はさせない。」などと利益面のみを一方的に強調した、いわば利益保証又断定的判断の提供とも解しうる言辞を交えながら強く勧誘したことをも否定していないことが窺える。

しかし他方、平野は本件委託取引の勧誘説明の過程で前記資料を示しながら、右言辞を述べたのであるから、被告においてもそれが文字通り原告の元本保証あるいは損失保証の意味ではなく、単に勧誘の謳い文句として利益面を誇張・強調して述べたことも容易に察知しうる状況にあつたうえ、木崎はその後翻意した被告に対しあらためて勧誘に当つたが、木崎は、その証言中で、被告に対し乾繭取引は相場変動が激しいこと、前記資料に基づくその値動きの予測・意見などを長年の経験によりアドバイスとして述べたにすぎず、文言通りの意味で「絶対に値上がりする。」「損はさせない。」「利益は保障する。」などと利益保証・断定的判断の提供に当る言辞を述べたことはない(被告においても前述のとおりこれを察知しうる状況にあつた)が、仮に右勧誘説明の過程で右のような言辞を一部述べたことがあつたとしてもそれはアドバイスとして述べたものであり、同アドバイスにより前記資料に基づく値動きと損益の判断はあくまでも本件委託取引を行う被告自身が行うように説明した旨述べていることが窺えるので、その際、被告が前述のとおり絶対に儲かると誤信したとしても、それは平野、木崎らの被告主張のような不当又は違法な勧誘によるものか、あるいは被告が平野、木崎らのアドバイスにより自らそのように判断したかはにわかに決め難く、被告の右誤信からは直ちに平野、木崎らに被告主張の利益保証・断定的判断の提供の言辞があつたものと認定することまではできない。

なお、前述のとおり、平野・木崎らは被告主張の諸説明事項について一応の説明をしたり資料の呈示交付をしているが、被告がその一つとして主張する「差益」とは手数料額をも含めて考慮すべきことは特に説明がなくとも容易に理解しうるところであり、この点については特に同人らの説明がなされたことは認められないが、そのために本件委託取引の勧誘が違法になるとは到底解されない。

以上のとおり、本件委託取引の勧誘に際し、平野及び木崎らのした説明を全体としてみた場合、本件委託取引の説明事項のうち最も重要な事実である投機性の説明に欠けていたり、あるいは不十分なところがあつたとまではいえないし、また、同人らが被告に対し文字通りの意味で利益保証あるいは断定的判断の提供に当るような言辞を用いて勧誘したことまでは認め難い(木崎は平野の説明を訂正したものと解される)が、仮に、これらの点において被告主張のように、説明の不十分・不適切なところや、利益保証・断定的判断の提供に当る言辞が部分的にでも用いられたとしても、それが述べられた前記のような状況をも考慮すると、右以外に特段の事情も認められない本件においては、その方法程度が社会的に許容される範囲を逸脱した違法なものとまでは解されない。

また、その後の別紙売買一覧表記載の本件各委託取引を行うに際しても、木崎及びその後任の片山らが右に述べたように特に違法と解すべき程度に不当かつ強引な本件委託取引を開始継続したことは認められない(同人らが利益保証・断定的判断の提供とも解される言辞を述べたとしても、右同様にこれが社会的に許容される範囲を逸脱したものであることまでは認められない)。

なお、被告は、原告会社従業員平野、木崎及び片山らは本件委託取引の勧誘、受託を被告宅で行つたものであるが、これは原告会社営業所以外の場所での受託禁止(商品取引所法九一条一項)の違反行為に該当し違法である旨主張するが、右平野、木崎及び片山らはいずれも前述のとおり商品外務員の登録を受けた者(登録外務員)であるから、商品取引所法九一条一項で定める営業所以外の場所においても右行為を行うことができ(同法九一条の二)、したがつて、被告のこの点に関する主張も理由がない。

(二) 一任売買・無断売買・手仕舞拒否について

被告は本件委託取引は被告の意思に基づかないで又は意思に反して行われた一任売買・無断売買・手仕舞拒否であつて違法無効である旨主張する。

ところで、無断売買が違法無効なことは多言を要しないところであるが、更に一任売買についても商品取引所法九四条三号は、「価格数量その他省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること」を禁止(受託契約準則一八条には同旨の規定がある)しており、これに違反する取引は違法といわざるをえない。

しかし、前述のとおり、本件委託取引の勧誘に際して、原告会社従業員平野、木崎らは被告に対し前記「商品取引ガイド」・「委託取引のしおり」などを呈示交付して説明し、また、被告は前記「お取引について」に署名押印しているが、同「商品取引ガイド」には商品取引をされる方へのご注意として売買のご注文は必ずご自身で行い確認してくださいと明記されているし、また、同「お取引について」には商品の売買はあなたの御意志によつて御注文下さい、原告会社従業員らは相場の動きに対するアドバイスをするにすぎないと明記されている(被告はこれらを一読したと推認される)ので、被告は自己の意思に基づいて本件委託取引を行うものであつて、原告会社従業員らはそのアドバイスをするにすぎないことを承知していたものと解される。

さらに、前記二の関係各証拠によると、原告会社従業員平野、木崎、片山らは、本件委託取引期間中の各取引についても被告の注文などその承諾のもとに各取引を行い、また、その都度売付・買付報告書、売買精算書、委託売付・買付報告書及び計算書などを送付し、売買注文の内容に相違がないかどうか被告の注意を喚起したり、一〇数回にわたり残高照合確認書を示して取引内容を確認したが、被告からは一度も異議が述べられなかつたのみならず、前述のとおり、三度にわたつて差益金の交付を受けていること、不必要となつた追証拠金についてはその都度返還を求めていることが認められるのであるから、本件委託取引において被告主張の如き一任売買、無断売買が行われたものとは解されない。

また、被告は本件委託取引において手仕舞いを要求したのに、原告会社従業員らはこれを無視して本件委託取引を勝手に継続させた旨主張し、被告本人尋問の結果中には同主張に副う供述部分もみられるけれども、証人木崎修及び同片山章の各証言によると、本件各委託取引はいずれも被告の意思に基づいてその責任と計算の下に行われたものであり、被告主張のような手仕舞拒否の事実はなかつた旨供述しており、また、前記二の2記載のように本件委託取引中には被告の意思に基づいて追証拠金の預託がされ、また手仕舞いも行われて来たこと、右のような被告の意思と取引の確認状況などからみても、被告の右供述はにわかに措信することはできず、結局、被告主張のような手仕舞拒否があつたものとは解されない。

なお、商品取引所法九四条三号は、一任売買の委託を禁止しているが、仮に同取締法規に違反した取引があつたとしても、本件委託契約そのものの私法上の効力はその方法程度態様などにより個別具体的に判断すべきであつて当然に無効となるものではない。

してみると、被告の一任売買、無断売買、手仕舞拒否の主張はいずれも採用することはできない。

(三) 被告は、商品取引の高度の投機性に鑑み、昭和五三年三月二九日全国商品取引員大会は「受託業務の改善に関する協定」を締結し、新規委託者に対する保護を図つている。とりわけ、新規委託者が初めて行う商品取引の日から三か月の保護期間中の全商品の建玉合計枚数は二〇枚を超えないことと定められているのに、原告会社従業員木崎、片山らは昭和五七年五月二一日一〇枚の建玉を行つたのをはじめ同年七月二三日の時点で建玉合計枚数が四〇枚、同年八月ころまでの間には建玉の枚数合計一六〇枚の商品取引を行わせており、これは新規委託者保護管理規制に違反し違法(債務不履行と不法行為を構成する)である旨主張する。

ところで、〈証拠〉によると、木崎及び片山らは、昭和五七年五月二一日に被告と一〇枚の買いの建玉を行つたのをはじめとして、三か月後の同年八月二七日ころまでの間には、建玉の枚数合計一六〇枚の売付・買付の建玉を行つていること、その中には後記制限枚数二〇枚を超える取引など右規則に違反した取引もあつたことが認められる。他方、〈証拠〉を総合すると、昭和五三年三月二九日全国商品取引員大会は「受託業務の改善に関する協定」を締結し新規委託者の保護管理を図つたが、原告会社は同協定に基づき新規委託者の保護育成を図り受託業務の適正な運営を確保するために、社内規則として前記新規委託者保護管理規則を作成し、社内には顧客の管理班を組織的に設け、その各責任において顧客の保護管理を行うこととしているが、同規則五条には受託枚数の管理基準を定め、その基準によると、新規委託者の建玉枚数は原則として二〇枚以内とし、新規委託者から特に右枚数を超える建玉の要請があつた場合においては、管理班の責任者が受託の是非を判断し、かつ本社の管理責任者に報告し、本社の管理責任者が必要に応じて顧客の意思確認等を行うものとしていること、本件委託取引においても被告の承諾により、かつ右規則に従つて行われたものであることがそれぞれ認められる。

なお、本件委託取引が新規委託者保護管理規則に違反する取引があつたとしても、本件委託契約は私法上当然に無効となるものではない。

してみると、被告の本件委託取引に関する新規委託者保護義務違反の主張は理由がないものといわざるをえない。

(四) 被告は本件委託取引中には両建玉禁止に当る両建玉も含まれており、これは違法無効である旨主張する。

しかし、〈証拠〉によると、受託業務に関する取引所指示事項10に両建玉の禁止される場合について規定しているが、それによると、単に両建玉であるが故に当然に総て禁止されているのではなく、むしろ、同時両建又は損勘定となつた建玉を放置しておいて短日時の間に再び反対建玉(両建)を行い、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせ、あるいは手数料を意図した常時両建をすることなどを禁止していることが認められる。

他方、本件委託取引中の両建を別紙売買一覧表によつてみると、番号1と2、番号4Aと5がそれぞれ両建となつているが、証人木崎修及び同玉里紘の各証言によると、これらの両建はいずれも右に禁止された両建に該当するものではなく、むしろ、被告の承諾のもとに行われ、かつ被告にとつては利益勘定となつていることが認められる。

してみると、被告の右両建の違法性に関する主張は理由がないものといわざるをえない。

(五) 被告は予備的に昭和五七年一一月二五日の買いの建玉は被告に無断でなされたので無効である旨主張する。

そこで検討するに、被告本人尋問の結果によると、被告は右主張に符合する旨の供述をしており、他方、前記二2の(七)記載のように、被告は別紙売買一覧表番号8の昭和五七年一一月二五日に後場二節五月限四〇枚の買いの建玉をしていることが認められるけれども、証人片山章及び玉里紘の各証言によると、同(七)で述べたとおりその経緯はともかくとしても、同買いの建玉は被告の意思に基づいて行われたこと、同買いの建玉の手仕舞いについても同年一二月二七日には値幅一杯の安値となつたために被告の承諾のもとに最初前場二節で四枚、後場一節で抽選により一一枚、後場二節で残り二五枚が順次決済されたことが認められるうえ、前記二2の(七)記載のように被告は昭和五七年一一月二五日の買いの建玉に証拠金二八〇万円を前記(七)記載の方法によつてではあるが預託しており、それ以後も二回にわたつて追証拠金(合計一六〇万円)を預託したこと、また原告は被告に対し同年一二月二日、同月二三日の二回にわたり同年一一月二五日の買いの四〇枚の建玉の内容を記載した残高照合確認書を送付したが被告はいずれも異議なく確認したことが認められるので、これらの事実を総合すると、被告主張の建玉は被告の意思に基づいて行われたものと推認でき、これに反する被告の右供述はにわかに措信できない。

してみると、被告の右無断建玉の主張は採用することができない。

(六) なお、被告主張の違法性の点については右に述べたとおりであるが、それ以外に原告会社及びその従業員が本件委託取引において被告主張のような違法な行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。

以上の次第で、被告の本件委託取引の違法無効の主張はいずれも理由がないものとして採用できない。

第二反訴請求事件について

被告は、本件委託取引が不法行為又は債務不履行に当ると主張して損害賠償の請求をするが、同主張がいずれも理由がなく採用できないことは本訴請求において既に述べたところと同一であるからここにこれを引用する。

してみると、被告の反訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

第三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容することとし、被告の反訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官小林一好)

別紙売買一覧表〈省略〉

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